二日酔いの状態から回復が目覚しい事もあって予定通りに4:40起床して5:30出発 後 池尻大橋から首都高速にのって一路京都へ向かう。
初めはそんなに寒くなく快調に飛ばしていたが、御殿場近くになってくると流石に冷えてきた。高度が上がったのと日の出前だったからだろうか・・・。
空が白じんで来たころに霊峰 富士が眼前に現れ、まるで日の出時の富士を見にやってきた如く絶妙のタイミングであった。その頃には体も疲れてきており一回目の休憩を「富士川SA」にて取る。
夜明けの富士を撮影後 朝食を摂る。
「浜っ子丼」という シラスと桜海老をかやくご飯の上に載せた丼と味噌汁で体を温め 背中の筋肉と足を伸ばして、おまけのガソリンも入れて 再出発。

因みに富士川SAには何故かStarbucksがあった。
http://www.starbucks.co.jp/ja/pr2003_067.htm
次に休憩を入れたのは浜中湖SAにて。この段階では結構足と背中 腰に疲れが溜まり始めていた。しかも風が強く ヘルメットを被った頭への抵抗が強いのでクビから肩にかけての負担感も増してきた。ゆっくりとSA内のお土産を物色して四肢をほぐすも疲れが当然のように抜けてくれない。
http://www.starbucks.co.jp/ja/pr2003_067.htm
次に休憩を入れたのは浜中湖SAにて。この段階では結構足と背中 腰に疲れが溜まり始めていた。しかも風が強く ヘルメットを被った頭への抵抗が強いのでクビから肩にかけての負担感も増してきた。ゆっくりとSA内のお土産を物色して四肢をほぐすも疲れが当然のように抜けてくれない。
致し方なく 出発したが、やはり10分も走ると休憩前の疲労感がぶり返す
(富士川SA-浜名湖SA:120.4KM)。

体がいう事を聞かない+寒くなってきた事もあって 次は養老SAにて休憩を入れる。っと書いたのですが実は(浜名湖SA-養老SA 135.2KM)でした。途中 一宮あたりで渋滞をすり抜けたが、その時に足を付いたりしたのがかえって体を動かせたのでよかったのかも。感覚的にはちょっと早めに休みをとった積もりだったのですが。
その後彦根の前あたりから雨 と言っても霧雨が降り出し しかも標高も高いらしくとっても寒くなってきた。降雨始めた頃に気付いたのだが今回の京都行きに雨具を持ってくるのを忘れていた。一抹の不安を抱えながら 最悪どっかで降りて雨具購入か?と思いながら漸く雨が上がった大津で疲れがPeakとなったので休憩。(養老SA-大津SA 93.9KM)

実は今回の高速出口は大津SAの次の出口でしたが大津SAでは休まざる得ない程 疲れていた訳で。背中と腰が痛かったのです。
走行に関しては安定しており、略100Km/h ~ 140Km/hにて走行し7割方は追い越し車線にいたんじゃないかな。雪もなく凍結もなかったので割と安全かつ快適な走りでした。体の痛みさえなければ。
夜は今回の京都旅の目的であった実家隣のお寺の御住職とその奥方とのお食事会。和久傳http://www.wakuden.jp/ から板前出張を頼んでの食事会。流石にオヤジは道楽もんで和久傳から板前さん1人 若い衆が2人 仲居さんが2人 と少しの時間ですが若おかみが来てくれました。お酌には置屋からおねえさんが2人出張してくれましたがお花代はどの程度包んだんか疑問です。
実家の工事が長期に及んでお隣さんに御迷惑をかけたっちゅうこととお近づきの意味を込めた食事会であり、今後も末永い付き合いさせて下さいということで息子である小生も出席したということ。
隣のお寺さんは 春光院 といいまして 臨済宗 建仁寺http://www.kenninji.jp/ に由来する 建仁寺派のお寺とのこと。更に言えば 太閤秀吉の正室 北の政所 ねねの寺として有名な 高台寺http://www.kodaiji.com/index.htmlの 塔頭(開山始祖や歴代住持の碩徳(せきとく)の人の塔所のある子院で、たいてい本寺の周辺に建てられている)の一つとのことでした。
この春光院は現在では傍目では小さいように見えますが、元々は同寺の後ろにある駐車場やオヤジの家の敷地及び近くにある 一休 という普茶料理の料亭http://www.jalan.net/kanko/SPT_150274.htmlの土地(これは今も貸しているとの事)は全て春光院の敷地だったとのこと。さもありなんと思います。
オヤジの家の中に「離れ」があるのですがそれは昔 花畑(現在駐車場)で作業する作男の休憩場兼作業場だったらしい。(大正時代のこと)古い話を聞くのは楽しい。
新しめの話も出た。
小生のR1200 STを見た住職さんは 自分もビーマーだと告白。毎年北海道に一回Touringに行くのが楽しみのようです。バイクは車と違って知らない者同士でもライダー同士挨拶もすれば会話も交わすところが魅力とのこと。
又 車では100KM/h以上のSpeedを出すと緊張するがBikeではそれはないとのこと。それは小生にも当て嵌まるなぁと思ったけどその場には父母が居たので なんにもコメントは付けなったです。
そうそう 和久傳のお食事は 記憶と想像では
・えびと大根のフグ白子白和え
・タイのお刺身(ぼうふ添え)
・???忘れてしまった・・。
・鮑の肝和え焼き
・もずくと蟹の酢の物
・メバルと九条ネギのポン酢添え
・汁物と釜炊きのご飯(釜飯みたいでしたが 中身は忘れた)
日本酒をたらふくいただきました。和久傳の竹筒入りのお酒です。青竹酒といいます。
美味いモノをご馳走さまでした オヤジ オフクロ殿。
その後彦根の前あたりから雨 と言っても霧雨が降り出し しかも標高も高いらしくとっても寒くなってきた。降雨始めた頃に気付いたのだが今回の京都行きに雨具を持ってくるのを忘れていた。一抹の不安を抱えながら 最悪どっかで降りて雨具購入か?と思いながら漸く雨が上がった大津で疲れがPeakとなったので休憩。(養老SA-大津SA 93.9KM)

実は今回の高速出口は大津SAの次の出口でしたが大津SAでは休まざる得ない程 疲れていた訳で。背中と腰が痛かったのです。
走行に関しては安定しており、略100Km/h ~ 140Km/hにて走行し7割方は追い越し車線にいたんじゃないかな。雪もなく凍結もなかったので割と安全かつ快適な走りでした。体の痛みさえなければ。
夜は今回の京都旅の目的であった実家隣のお寺の御住職とその奥方とのお食事会。和久傳http://www.wakuden.jp/ から板前出張を頼んでの食事会。流石にオヤジは道楽もんで和久傳から板前さん1人 若い衆が2人 仲居さんが2人 と少しの時間ですが若おかみが来てくれました。お酌には置屋からおねえさんが2人出張してくれましたがお花代はどの程度包んだんか疑問です。
実家の工事が長期に及んでお隣さんに御迷惑をかけたっちゅうこととお近づきの意味を込めた食事会であり、今後も末永い付き合いさせて下さいということで息子である小生も出席したということ。
隣のお寺さんは 春光院 といいまして 臨済宗 建仁寺http://www.kenninji.jp/ に由来する 建仁寺派のお寺とのこと。更に言えば 太閤秀吉の正室 北の政所 ねねの寺として有名な 高台寺http://www.kodaiji.com/index.htmlの 塔頭(開山始祖や歴代住持の碩徳(せきとく)の人の塔所のある子院で、たいてい本寺の周辺に建てられている)の一つとのことでした。
この春光院は現在では傍目では小さいように見えますが、元々は同寺の後ろにある駐車場やオヤジの家の敷地及び近くにある 一休 という普茶料理の料亭http://www.jalan.net/kanko/SPT_150274.htmlの土地(これは今も貸しているとの事)は全て春光院の敷地だったとのこと。さもありなんと思います。
オヤジの家の中に「離れ」があるのですがそれは昔 花畑(現在駐車場)で作業する作男の休憩場兼作業場だったらしい。(大正時代のこと)古い話を聞くのは楽しい。
新しめの話も出た。
小生のR1200 STを見た住職さんは 自分もビーマーだと告白。毎年北海道に一回Touringに行くのが楽しみのようです。バイクは車と違って知らない者同士でもライダー同士挨拶もすれば会話も交わすところが魅力とのこと。
又 車では100KM/h以上のSpeedを出すと緊張するがBikeではそれはないとのこと。それは小生にも当て嵌まるなぁと思ったけどその場には父母が居たので なんにもコメントは付けなったです。
そうそう 和久傳のお食事は 記憶と想像では
・えびと大根のフグ白子白和え
・タイのお刺身(ぼうふ添え)
・???忘れてしまった・・。
・鮑の肝和え焼き
・もずくと蟹の酢の物
・メバルと九条ネギのポン酢添え
・汁物と釜炊きのご飯(釜飯みたいでしたが 中身は忘れた)
日本酒をたらふくいただきました。和久傳の竹筒入りのお酒です。青竹酒といいます。
美味いモノをご馳走さまでした オヤジ オフクロ殿。


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