2007年3月15日木曜日

3月11日~3月14日 備忘録

3月11日~3月14日は 烟台に出張でした。今の部署の卒業旅行という名目でした。というより本当に出張かよ?というような内容でした。

印象深かった事。

★なめた事に出張なのにゴルフバックを担いで行った。しかもジーパンで出張という始末。いいんだろうか?って感じです。カバンにはお土産をわんさか買い込んで、しかも第一陣を事前に郵送しているのであるから歓迎されてもおかしくはないはずと踏んでの大胆な出で立ちでの出張となったのでした。
今回のお土産は全部で1.5万円(三越地下で購入)+5000円(ハナマサで購入)+菓子折り(4000円)+郵送費9000円+免税店お土産(4500×8=36000円)+カステラ2500円+焼酎2本(3500円)=合計7万5千円 消費したことになる。恐ろしい・・。ま 飛行機代がタダと考えれば安いもんですが。

★Upgrade出来ないものの、Check InはANA Diners カードでビジネスクラスの手続きを行い、旅行者がUpgrade申請を行っていた関係もあり Loungeを利用。Lounge利用前にお土産に香水の詰め合わせと自家消費用のChivasの半ボトルを免税店で購入したものの、飛行機に乗って分ったが機内免税の方が安かったということ。
 因みにANA Diners Cardを利用の場合は押し並べて5%引きになった。スーパーフライヤーズの場合は10%引きらしい。
 さて、Loungeであるが、CLUB ANA Loungeの搭乗口に近い方を利用したのであるが、ここは隠された処にエレベーターがあって、2階席に向かう事も可能なのである。もっともNoodle Barは利用出来ないのであるが、饂飩を食わない人にとっては有り難い 静かなSpaceなのである。
 Loungeでは私のLoungeでの定番となっているスコッチのペリエ割りを呑みました。久し振りの一人でのラウンジ利用はちょっと固い利用の仕方になってしまいましたが。

★あーだこーだ感じている内に飛行機に搭乗して、離陸。飛行機の中では何していたか記憶がはっきりしないがビールとワインを飲んで寝ていたような気がします。あっという間に着いたって感覚でした。因みに飛行機が小さかったし古かったような気がします。以前はもっと最新鋭の飛行機を使用していた筈ですがやはりCAとのCode Share便なので致し方がないですね。お値段が同じなのであればやはりいい機種で出張にいきたいもんです。Upgradeの確率は減るのでそこのところをどの程度斟酌するかはポイントでしょうが・・。

★青島到着後は懐かしい我が社青島支社の運転手さんの運転で一路烟台へ。ここも中国らしいところであるが私が搭乗者であることを知っている運転手はその搭乗者の強要範囲で色々と自分自身に便宜を図る。今回のそれは運転手の友達を烟台迄同乗させるというもの。まぁ日本じゃ考えられないのですがこれぞ中国というところなのでしょう。
 あーだこーだ中国人達と話していてわかったのは私が2年間やっていた仕事はどうやら「中国を研究する」事のようである。自分で自分の仕事内容を説明していて最もわかりやすい説明がそれであった。
 又、物権法や法人所得税率の統一等の話をしてもあまり反応がよくなかったのは中国人も中国の社会事情にそれほど詳しくないということ。あまり物事を複雑に考えないで来る日来る日の仕事や課題を友達や家族の力を借りながら無難に乗り越えて、安定志向で生活を送るという地方都市の住民の生活態度が伺えた。自己利益は追いすぎない、しかし損はしないように生きるという思考をもっているのが中国地方都市住民の多くの姿ではないだろうか?

★烟台の懐かしい工場に到着。違和感は全くなく自分の工場の事務所のように階段を上る。階段の手前でこの工場事務所の匂いが淀んでいるのか、いい匂いではないが懐かしい「あーこの匂い」っていう匂いを嗅いだ。階段を上る音、光の入り方、全てがなつかしく「あ~そうそう」といった感じで私に降りかかってくる。勝手に階段を上り、勝手に部屋に入り 挨拶。ちょっと照れるがまぁ~いい感じですな。わが社にわるピリピリ感というよりもここで居るから或いは此処に居て皆で苦労したから共有出来るおおらかな雰囲気が漂っている。 いい感じ。総経理ともお話した後に工場を久し振りにわが社派遣の夏木(なつむーさん)さんと回る。大きな電気集塵機を見学後、少々縮小されたクリンカーサイロ、残りがわずかになった石炭や高品質なものを購入し始めた雪白石膏、国内品の購入も始めた銅がらみ、拡張された敷地等を見学しながら昔と変わった所が見えたりすると質問し、その変化の経緯等を聞く。そんな経緯の話しを聞いている色々とこの2年間の苦労やその経過で感じたであろう事が見えてくる。コンプライアンスぎりぎりの処で危ない橋渡りとしているような部分もあり、こういった現場に一体本社の職能機能が何が出来るのか、そこいらの処を今一度考えてみるべきなのではなかろうか?やはり烟台の工場でポツネンと働く人間にとっては本社がどのような方向で、数多あるどういう社会現象に注目しているのかを現場の最前線で働く人間に伝えていく事が最も大切なのではなかろうか?と感じた。それ以外に実務で助ける事は多分出来ないだろうと思う。ルールで雁字搦めにすれば機能しないであろう派遣社員には如何に間接的に会社の方向性を指し示し、個人個人で咀嚼してもらうかが重要であり、その咀嚼能力のない人間を派遣するのは間違っているのである。 なんて事を考えながら工場見学を終了し、本日宿泊の宿舎へ移動。

★宿舎の事を「専家桜」と呼ぶのであるが、そこに宿泊。もちろんタダです。ご飯代 光熱費もタダです。相変わらずです。 玄関扉とホールが更新されており、黒ちゃんが残していったソファーがホールを飾っていました。ホールにあったカウンターは撤去されて厨房奥の部屋に片付けられてしまっていました。トレーニングルームも綺麗に片付けられて居り、今は誰も殆ど利用していない様子が伺われました。屋上には熱源節約の為に太陽熱を利用した温水設備が設けられていましたが、やはり24時間何時でもお風呂に入る事は今でもちょっと難しいとの事。テレビも相変わらずの画像で更新はされていませんでした。隣にある旧幼稚園も今はタダの空家で利用されて居ない様子。イチジク畑があったところは取り壊されて駐車場に様変わりしていました。時代を感じさせます。宿舎前方にある幼稚園の敷地には又なにか建造物を建設しているようでした。
 宿舎内の壁は塗り替えられて、雨漏りも完全にShut Outされているとのこと。廊下のカーペットはもうはがされており、室内の絨毯とカーテンが綺麗になっていた。 そんなところでしょうか。

★この日11日の夜は日本人駐在者の方々と宿舎で「涮牛肉」を食べる。相変わらずではあるが、久し振りの私にとってはナカナカに美味いのである。マグロ加工が盛んな烟台だけあって、マグロ剥き身 所謂 ネギトロの材料のマグロ肉を冷凍して、三角形に切ったモノも鍋でしゃぶしゃぶにして食べる。これは今回初めてですが、この2年間での進歩はそれくらいかな。牡蠣がなくなりましたね。ノロウィルスを意識してでしょうか? 
 多くが50歳を超過している方ばかりなのであっさりしたポンズで食べられているのですが、それじゃ全く日本のしゃぶしゃぶと同じではないかと突っ込みたくなります。私はゴマダレと沙茶醤ベースのソースを混ぜたものに豆板醤を加えてネギを加えたものをタレとして使用しました。やはり野菜中心に食べてお腹が膨れた時にお肉を少々食べ、最後におじやで〆るという駐在時の定番の食事方法にて食べました。この日はリーピンも烟台に里帰りをして居たので翔君ともども食事に参加。翔君はタロウが専家楼に居て 皆に可愛がられていた頃の年齢になっており、なんかデジャブのようにも感じたりしましたです、はい。因みにこの食堂にある本棚には暦年の駐在員が残していった本が並んでいるのですが2年前とあんまり変化が無かったので 最近は皆さんあんまりほんを読んで居ないのかなぁと思ったりしました。本くらいしか時間潰す方法がないように思えるのですがねぇ。
 この夜には王岩峰のカラオケ屋にアンドーさん等と繰り出した。久し振りに葉巻を吸ったがやはりタバコ関係を吸うのはもうイヤになっていた。やはり臭いと感じるのである。そういえば成田に行く時のリムジンバスに乗ってきた欧米系の女性が通りすぎた時、とんでもなく臭い匂いがしたなぁとぼんやり思い出したのでしが。一千個傷心的理由や花心等を歌って満足気に帰宅しようとしたところを王さんいつかまってそれから1.5時間Beerで乾杯。日月ビールとかいう新しい銘柄のビールが出てきたがあれは一体なんだったのかな?その後烟台ビールが出てきたが懐かしい 薄い味でした。


★次の日12日はゴルフ。龍口市東海ゴルフ場(烟台南山東海ゴルフ倶楽部)のD区。ここは現在126ホールあるコースで水不足の為、バンカーが大量にあるコース。ブルーティーからの競技でしたが95も叩いてしまった。反省ですなこれは。OBは一回でバーディなしっという上がり下がりないつまらない結果となってしまった。が 久し振りにやる烟台でのゴルフはほんと2年間のブランクを感じさせず、極 自然に これがゴルフってな感じでプレー出来たので大満足でした。不思議な事に中国のゴルフの感覚と日本のそれとは明確に違う。一振りすればその感覚の違いが分る。でもその原因が分らない。気圧、湿度、気温 何なのか?キャディーが一人に一人着き、All歩きというところが異なるのかなぁ?
それにしてもチップ(20元)をあげる習慣が新たに出来ており、チップを上げないとキャディがそのチップを払わない客のキャディーを断わるといった現象が発生しているようで。これはつまり、チップを前提として給料の合計額を算出している訳であり・・・、いやはや中国人経営方法は客のお金で給料の補填をさせるといったような・・・凄まじい部分を見させて貰いました。昼ご飯はクラブハウスで豆腐チゲ。玉子と豆腐が白くて渾然一体となって不思議な感覚でしたが、おいしかったっす。やはり日本のそれと比較して全然美味しいのは何故なのか?わかりませんでした。しかしこのゴルフ場には大量の韓国人が訪れているので日本のそれよりも美味しくて当たり前かなとも思うのですがね。

★晩飯の前に日本へのお土産を購入する為「大潤発」と「Wal Mart」へ。安いンですが、具体的に考えるとホント買い物がないんですよね、全く。御菓子くらいでしょうか、それもNestleやCraft、Nabisco等の製品なんですけろね。ここいらが中国の小売の現状の詰めの甘さでしょうか。そうはいうものの、ポルチーニに似た味のする茸の乾物や甘く調味された棗や、166元=2500円程度のDVD プレイヤーなどを買い込み、食事の場所へ。
食事は「天府食人」という場所で、食事というよりも白酒を大量に飲んだ。五糧液から始まって 烟台古醸(52度)、二鍋頭(赤星52度)、白洋河はでなかったけど大量に呑みました。
何故か食事は野菜が多かった。先ず初めに果物が出てくる。果物は消化の負担が胃腸に大きいので食後に食べるよりも寧ろ食欲を促進する効果があるので食前に出すのが最も理に叶っていると服務員がご解説されていた。肉と魚がメインである料理は3皿程度で残りの6皿は野菜がメイン・・。なんと中国の変貌振り、びっくりでした。野菜に白酒はあわないね と笑い話で行ってみたら皆にうけた・・ということはやはりこの野菜中心の料理はちょっと先鋭過ぎるということでしょうかね。

★その後 又もや昨晩と同じカラオケ屋へ。このカラオケ屋に流れる人間と流れない人間で心理的な壁を作ってしまうのは古今東西同じところ。ここで人と人の関係を感じる。流石に朝が早かったせいかBeerを飲みながら「青蔵高原」や「当兵的人」を聞きながらウトウトとしてしまった。いや ほんと2年間離れていたのに違和感が無い。不思議なもんです。タバコのにおい、騒々しさ、ビールのこぼれる様、汚いトイレ、何をとっても往年事を思い出しました。いや、色んな処の故郷を持つというのはいいかも知れません。再び訪問することが出来るのであれば。出来ない場合は心の負担になるかもしれません。

★その次の日は鳳凰台を歩いて中国銀行で人民元を買いに行ったのですが、人が沢山並んでいてダメでした。今回はゴルフでもカラオケでも殆どお金を遣わなかったなの人民元がまだまだあるということで換金しませんでしたが、これはちょっと後悔するかもしれない。30万円もの金を持ち込んだのに・・。
その前に私が起居していた場所でコーヒーを呑みましたが、湯沸かし器等の変化以外にはなにも変わって居らず、昔の佇まいや家財で過ごしていたので改めて懐かしさを感じた次第。コーヒーポットも変わっていなかった。どうやら後任の夏木さんは書道を始めたらしい。

★工場で最後の挨拶をして一路青島空港へ。風景は2年前とやはり変わらない。だって農村だから。でも行きにも感じたが河の水量が減っていると感じた。南の水を引いてきて北の水不足は解決されると盲目的に信じているがそう簡単ではないことはちょっと客観的に見ればわかるのに・・。これからの中国の悩みは水でしょう。環境問題云々もあるがその先鋒は水になることは間違いなさそうです。

★青島空港では持ち込んだ6本の白酒の内4本が税関で没収されました。勿体無いお化けが出てきますねこの分では。CLUB ANAのカードで 青島空港の食堂で60元分の食事(ビール20元、キムチ10元、きくらげと玉子の炒め物30元)を適当につまんだ後、Upgradeしたビジネス席で寛ぎながら本を読んで一路東京へ。

★恵比寿行きのリムジンバスが30分後だったので渋谷行きのバスの搭乗。渋谷行きのバスはレインボーブリッジを下るところから首都高の混雑に巻き込まれ結構な時間を食うので30分待っても恵比寿行きの方がよかったかもといまも反省しています。でも渋谷のセルリアンホテルから恵比寿に抜ける道を又一つ覚えたのでいいっか。。

★今回の旅行で読み終えた本は角田光代の「トリップ」と宮部みゆきの「長い長い殺人」。いずれの作者の新しい斬新な手法での小説作りなのでちょっと辟易する感覚は引きずるものの、いい仕上がりであったなぁと思った次第です。3月号のDancyuを見ていると角田光代さんが「向田邦子の手料理」を評して「ライスカレーに拘った人=日常生活の人々の頑張りを具体的事例を出しながら表現するのが向田邦子である」としているが角田女史も目指している処は同じのようである。トリップを読んで感じた。が、一方で時代の異なりやより複雑で多岐に渉る人間の感性を思考方法を網羅的に描いていっている角田女史はこれからどのように世界と総括するのか・・・・、楽しみであると共にひょっとして総括なしなのかも、総括ないのが現代流かも、でも総括が無ければ自分が世界の極一部の異端であることを認めることになるのでは?といろいろ心配してしまうのである。


それにしても夢のような出張でした。ほんと私の人生で特異な出張であり、自身人生のマイルストーンになると実感あるものの、これが普通の範囲に入るような大きな人間にならないとイカンともかんじている次第です。

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